目が乾くから目隠しをしてよと言われたので、幼子が描いたと思うくらい歪んだトランプのマークが無数にあしらわれた変な彼のネクタイを抜き取って、仰せのままにとその望みを叶えた。右目あたりにハートが、左目あたりにクローバーが漂う。名木さんの瞬きは人より少ないのだ。そのことを何気なく口にすると、名木さんは大変嫌がる。瞬きの話をすると、自分の瞬きが気になって、気になって、気になって仕方がなくなって、ずっとぱちぱちやってしまう。今も妙なネクタイのしたで、目がぱちぱち動いているのがわかった。自分で自分の地雷を踏んだな。

「目が痛い。目が痛いよ」
「じゃあ目薬さすなり、病院に行くなりすればいいじゃん」
「病院も目薬もこわいからやだー」

 子供と思わしきこの発言。これが五年前二十歳を迎えた青年が吐き出した言葉とは。名木さんは五年前、それはそれは残念なことに、大人になることに失敗した。大人になれず、彼はなりそこないのレッテルを貼られた。お子様ランチがすきになり、外国のお菓子みたいな身体に悪そうな色彩の服を来て、年下の私にべとつくように甘える名木さんが、私は薄気味悪かった。大人が子供のように無邪気だというのはグロテスクで。しかも名木さんはガキっぽくなったついでに女々しくもなったので、いっそう気持ち悪かった。

 私は二十歳を目前に控えた名木さんに出会い恋などというもののまねごとをしている頃は、あまりにも無知だった。だって全く知らなかったのだ。人間は二十歳辺りから目が覚めたみたいにしゃきっとして、大人になるのだと信じていた。まさかそれに“失敗”があるなんて夢にも思わない。名木さんみたく大人になれずに時間をさかのぼって子供もどきになってしまう人間がいるなんて私は全然知らなかったのである。十五歳だったとはいえ、背伸びをしていたのに。

 ネクタイの中でぱちぱちやってる、名木さんの目に指先でふれると、すくむように肩がゆれた。ああ、なんて可哀相な、さわれば壊れそうな大人。いや、大人じゃないのか。この人はそれになれなかった人なんだから。目にふれられるのは怖いと、名木さんが呟いたら口の中で彼が遊んでた飴の匂いがした。(あの飴は、きっと甘い)


 明日は私の誕生日。私は明日二十歳で、大人になるのか、子供もどきにおちるか、今も分からない。深夜十二時のサイレンが一秒一秒近付いてくる。怖い。大人になどなりたくはない。年齢をあらわす数字の左側には、ずっと“一”を置いていたい。ああこの恐怖が、もう結果を予感させてしまう。私はなる。なってしまうのだ。私もきっと子供もどきに堕ちる。二十歳になって、そこから徐々に転がり落ちるように退行していく。名木さんがかつてそうだったように。それはもう止められず、名木さんは目隠しをされながら口の端をゆるませて私を待っている。きっと両手を広げたい気持ちで。同類を待ちかまえている。


 いいかな。私もそっちに行っていいかな。私もそっちに行ってもいいのかな。ちゃんとした大人になんて、ならなくてもいいのだろうか。大人になれない名木さんは気持ち悪いけれど、同じになれるならそうなりたい。そうなれたら私は名木さんを気持ち悪いとはもう思わないだろう。たった一人のいとしき同類を、毎日抱きしめて眠るだろう。
 歪なトランプのマークたちに覆われた目が、その奥でいつしか私を見つめている。
「そろそろだよ」
 時計が見えないはずなのに、彼はそういった。

(う・ん。そ・ろ・そ・ろ・だ・ね)