もしもし? 俺ー。え、別に詐欺とかじゃなくて。俺だよ。俺だってば石松陽一。中学の時、部活一緒だっただろう。バスケ部。あ、思い出した? 久しぶり。卒業してからそれきりだったよな。俺、地元離れちゃったし。ふと思い出してさ。いきなりごめんな、電話なんかしてさ。えっと、元気、してた? 俺は、まあまあ、かな。
 別に深い意味はないんだよ。急に話がしたくなって。電話番号、変わってなくて安心した。まだそっちにいるんだな。いいなあー、俺も帰りたくなって来たー。そういえば、お前結婚するって本当なの? いや、噂だよ。会ってなくても噂ってけっこう流れているもんなんだよ。お前もさ、俺のこと知ってるんだろ。いいんだよ。気、使わなくて。うん、それよかさ、お前、結婚って誰とすんの? 俺、知ってる子? え、別にごまかしてねぇよ。そんなことないって。
 …………。…………。…………。

 全部、本当だよ。俺、上京してから、身体壊してさ。会社休みがちになって、首にされちゃって。それから、どんどん、生活できなくなっちゃってさ。……うん。この季節、正直ちょっと辛い。ああ、大丈夫、大丈夫。案外俺死なないやつみたいだから。あは、ごめん。……。実家は、帰れないんだ。別に隠すつもりはなかったんだけど、俺の母親、再婚しててさ、義父に連れ子とかいたりして、いづらいんだよ俺。あはは。
 なんでさ、俺、せっかく拾った小銭で、お前んちなんかに電話かけてんだろって、自分でも思うよ。久々にパンにでもおにぎりにでもありつけたのに。でも、何かよくわからないけど、お前と、話がしたかったんだよ。お前と話をしたら、あのころに戻れる気がしてさ。あのころに戻りたい、な。あのころ、部活とか休みなくて、朝練とかも毎日辛かったけど、戻りたい。俺、戻りたいよ。あのころに戻って、お前とかと、中身のない話して、お前と帰り道、途中で別れて、身体がずっしりと重くなる。それでもひきずるように歩いてさ、だらだら、歩いて。その帰りに交通事故に遭って死にたい。
 嘘だよ。冗談だって。……あ、そろそろ切れるな。じゃあな。湿っぽくなって、悪かったな。楽しかったよ。じゃあ、さよなら。











 中学時代の旧友であった、石松陽一の訃報を受け取ったのは、彼から来た突然の電話の五日ほどあとのことだった。陽一は都会へ出た後、ホームレスに成り果てたとの噂が流れていた。それはまぎれもない真実であり、家族も行方を知らなかったらしいことを、葬儀の最中、実母が涙ながらに語っていた。都会で消息が途絶えた陽一は、案外地元近くを浮浪していたらしく、遺体は昔俺が幼い頃の遊び場になっていた竹やぶで発見された。首吊り死体だった。遺書は残されていなかったが、そろえられた靴で自殺と断定された。ひげも髪も伸び放題で、皮膚は黒ずみ、死にたてにもかかわらず、鼻をおおいたくなるような臭いがしたという話だ。発見されたとき、陽一の服は湿っており、どうやら彼は最期に池の水を浴びたらしいことがわかった。入水自殺をはかっただの、旅立つ前に少しでも池で身体をきれいにしようとしただの、各地から呼び出された旧友たちの間で憶測が飛び交っている。

 俺は、それを壁一枚隔てた己の世界に閉じこもりつつ聞いていた。あの疲れきった、がらがら声が耳の奥にまだ残っている。忘れられない声だ。石松陽一が失踪したという話を耳にしていたにもかかわらず、なぜ俺はあの電話で、居場所を聞きだそうとしなかったのか。
 しかしあのとき、変わり果てた声の中の変わらぬ陽一の姿に、思わず陽一が戻りたいと言ったあのころにもどってしまったのだ。死にたいとまで言った陽一の言葉はどこか冗談めいて、俺は取り返しがつかないことに気づけなかった。(わかっている、それは言い訳だ)

 陽一の死は、音信普通の旧友の死ではなく、あのころ一緒に日々を暮らしていた陽一の死として、心に穴をあけている。退化した心はもろく、ばらばらに砕け散った気がする。あとかたも、なく。