ありすはずいぶん前から、グッドバイ病だった。





 ありすはピアノを弾くとき意外は、ただ気味がわるくなるような顔でわらうだけの普通の女の子だったが、その病気におかされてから“へん”になってきた。
「宇鷺くん、宇鷺くん」
 まるいものがころんと自由にころがるような声で、ありすは僕を呼んだ。さようなら、さようなら、さようなら。その唇はしずかにうごいたら、ありすは手首をかっ切る。グッドバイ病は、なかなかありすを不思議の国に追いやらない。だけどありすは、さようならのくりかえしをやめない。迷い込んだように。

 血があふれる前に目をそらすと、ぽたりぽたりとおちる水滴の音に耳をかたむけてしまう。永遠につづくように思えても、永遠なんてなにもない。永遠なんて、僕たちが死ぬまではひとつも手にはいらない。だけどありすはそれをほしがるから、グッドバイ病から逃けだせないんだって、僕は知っていたけれどずっとおしえられなかった。だって僕は口がきけない。
 やがて血は、ひからびながらとまる。ありすのさようならはまた果たされなかったが、ありすは気にしないみたいで、ふっと消えそうな呼吸とともに、わらった。身体からたましいが砂になっておちてしまったみたいな空虚なわらい顔が、僕は怖い。

「宇鷺くん。宇鷺くん。宇鷺くん。……うさぎくん」

 なんども、なんども僕の名前をよんで、それから言う言葉は決まっていた。
「わたし、かえるよ。かえりたい」
 だからさようなら、と、おなじことをまたくりかえすけれど、不思議の国にもネバーランドにもお菓子の家にもまぼろしの宮殿にもありすの居場所は用意されていなくて。それでもありすは、願いつづけることをやめない。