ああちゃんと刺さなくちゃ。もう起きてこないように。目が覚めないように、ちゃんと、刺さなくちゃ。





 穴が開いてしまうと思い始めたのがすべての始まりで、間違いだった。そもそも見るべきじゃなかったのだ。彼の秘密なんて。のぞきなんて卑しい真似をした私への、罰なんでしょ、そうでしょう神様。でもどうして、どうして? どうしてあの人あの子に好きって言ってるの? 愛してるは私専用の言葉じゃなかったの?
 このとき私が上手に見てみぬ振りをしていればよかったのに、私何やってもへたくそなばか女だから、頭悪いから、その場に飛び出して何やってるのよ! って。ああ、あなたがあんなに困ってる。胸が痛い。穴が開いてしまう。あの子は彼にしなだれかかったまま、おろおろと私と彼を見比べて、泣きそうな顔で彼の腕にすがりついた。やめてよー! それは私のー! 私のなんだからー! ってわめいたのは私。台所へは何回も入ったら私は包丁の在り処をちゃんと知っていて、それを持ってきたらその子、きゃああって言った。叫んで彼の後ろに、かくれた! 彼も真っ青な顔で、その子の肩を、ぎゅうって抱く。

 あれあれあれ。なになになにこれ。まるで二人は、窮地に立たされた恋人同士。あれあれ、じゃあ私は私は? 私は? 私何? 私の役名、誰か教えてくれない? 哀しいなあ淋しいなあ切ないなあ。私が私わかんなくなっちゃった。私わかんない。私頭悪いもんね、ばか女だもん。彼に何回も言われた。あれ? もしかしたらこれ、愛情表現じゃなかった?


 ちゃんと刺さなくちゃ。もう起きてこないように。目が覚めないように、ちゃんと、刺さなくちゃ。ああ、出来るかな。この包丁、古そうだし。あ、あの子泣き出しちゃった。ごめんねすぐ終わるからね。ええと、こう、包丁を握りしめて、あ、刃の向き間違えた。百八十度くらい反転。これでよし。えい。










(私がもう起きてこないように)
(目が覚めないように)




title 羊水